2010年09月19日

日記的なもの

最近、HTMLを書くときにCSSセレクタでガリガリするのが好きになってきた。そしてChromeやFFで美しく表示されるのを見た後で、○○で表示されないのを確認し、セレクタの役目をclass=hogeという言葉に置き換える。そんな日々。


○○の6や7はbeforeやafterもろくに効かないんですよ、奥さん。子供セレクタまでダメなんて言われたら、何を書けっていうんですか。

今後はプライベートではfirst-childとnth-childの2つは使ってしまおうと思う。この便利さは一度使ってしまうと手放せない。○○ユーザどもは色分けされない単色のリストでも見るがいいさ。

ついでにtext-shadowとborder-radiusも使ってしまおうと思う。○○ユーザどもは素朴な単色の文字やカクカクのレイアウトでも見ているがいいさ。



GoogleがFlashもどきのオープンなプラグインを投入する可能性を考えてみた。動画処理系は特許との戦いが酷そうだから、まずはWebMが安全に普及してから。

とはいっても最近のGoogleはHTML5にある程度は満足しているように見えるし、Webの中心は簡易なHTMLであってFlashは局地的に使われるものでしかない。であれば、プラグインによって余計な混乱をもたらすよりWebの中心地であるHTMLを大切にする姿勢はそれほど変わらないだろう。

Webを脅かすような何かが現れたり、HTML5が遅々として普及せずに見切りをつけざるを得ない状況にでもなれば別かもしれないけど。



社会の為に何かをするというのは意外と自分にとって得になる。でも、最近はそれができていない。それはつまり得じゃない状態ということだ。早く現状の問題を解決せねば。

損な状況をずっと続けていられるほど、自分の人生は時間があり余ってるわけでもないので。



議論とか討論というのは基本的に役に立たないものが多い。

「私はこう考えてます」→「なるほど。でも、私はこう考えています」

という辺りまでだとけっこう得られる情報があって役に立つ。けど、そこから先に話が進むと徐々に意味が薄れていく。

「いやいや、こうあるべきでしょう」→「いや、それは違う。こうあるべきだ」→「しかし(比喩を用いて)こういうことなのですから」→「いや、その比喩は適切ではない。この場合は(比喩を用いて)こういうことなのです」→「しかしこういうケースもある」→「そんなことを言ったら、こういうケースもある」

というところまで話が進むと、どんどん意味が希薄になって知識的には役立たない領域になる。ディベートの勉強とかにはなるのかもしれないけど。

だから議論の応酬を見かけたら結論は見ずに最初の1〜2往復までで見るのをやめるように心がけている。



grepなしでシステム開発はできない。特に複数人で開発をしている場合はそう思う。

見やすいエクスプローラ(ファイラー)はなくてもいい。cdでもlsでも打ってファイルの元に行けばいい。コードの色分けはあった方がいいけど、なくてもそれなりになんとかなる。

でも、grepがなければいろんな意味で無理。どこに何があるのか探すだけで1日の何割かが割かれてしまう。できればプロジェクトに関わるファイル全体を高速に検索する機能があれば尚良い。

システム開発をする際は、ググる能力が大事だと言われることがあるけど、プロジェクトの中身を検索する能力も同じくらい(もしくはそれ以上に)大切だと思う。「この人、仕事はえーなぁ」と思う人の多くは、こちらが何も説明しないうちに当該ソースを見つけてその内容を理解している。