2010年09月22日

イチローはメジャーに行っても成績を落としていないのか

今日、こんな記事を見かけた。

野茂の挑戦から16年。MLBは日本人選手にとって”近い世界”になったか
http://diamond.jp/articles/-/9440

記事内で、多くの日本人選手はメジャーで成績を落としているが、その中でパイオニアである野茂とイチローはメジャーの壁に阻まれることなく活躍しているという意図の記述が見られる。

これは本当だろうか。私の記憶が確かならイチローも他の選手と変わらずメジャーに行って大きく数字を落としていたはずなのだが。

というわけで、日本とアメリカでのイチローの成績を比較してみた。

尚、本文内の数字はWikipediaを参考にしている。有名選手はOPSや盗塁失敗、犠打に犠飛まで通算の数字が出ているからありがたい。尚、数字は2009年までを参考としており、2010年は集計対象には含んでいない。



イチローの日本での成績は、3619打数1278安打で打率3割5分3厘出塁率4割2分1厘OPS9割4分3厘。一番打者の成績が上がりやすい傾向にあるRCでは王貞治に続く歴代2位。長距離打者の成績が高くなりやすいOPSでも歴代8位に入ることも踏まえれば、少なくともプロ野球史上5本の指に入る打撃成績だと言うことができるだろう。

これがメジャーに入るとどうなるか。2000年〜2009年の間で、6099打数、2030安打、打率3割3分3厘出塁率3割7分8厘OPS8割1分1厘。優れた成績ではあるが、どの数字も明らかに目減りしている。

イチローの成績
NPBMLB比率
打率3割5分3厘3割3分3厘↓5.7% Down
出塁率4割2分1厘3割7分8厘↓10.2% Down
長打率5割2分2厘4割3分4厘↓16.9% Down
OPS9割4分3厘8割1分1厘↓14.0% Down


OPSは9割以上なら最上級の選手、8割3分以上なら非常に良い選手、7割6分以上なら良い選手、7割以上なら平均的な選手とされている。この指標を取り入れるなら、イチローは日本では最上級の成績を残していたが、メジャーではなかなか良い成績の選手にレベルダウンしていることになる。

もちろんOPSは必ずしも正確に選手の能力を示す数字ではない。もっと良い指標(RCなりNOIならGPAなり)を使うべきかもしれないが、(RCは特に)計算が面倒なので、興味のある方はご自身で算出して比較してみて頂きたい。まぁ、少なくとも出塁率も長打率も落ちてるのに成績が下がってないってことはないと思われる。

では、この下げ幅は他の打者と比べると小さいのだろうか、大きいのだろうか。もう1人のプロ野球の代表的な打者、松井秀喜を例に比較してみよう

松井秀喜の成績
NPBMLB比率
打率3割0分4厘2割9分2厘↓3.9% Down
出塁率4割1分3厘3割7分0厘↓10.4% Down
長打率5割8分2厘4割8分2厘↓17.2% Down
OPS9割9分6厘8割5分2厘↓14.5% Down


見ての通り松井とイチロー、両者の下げ幅はそれほど変わらない。OPSで見ると松井の方が成績が良いように見えるが、OPSは長打力のある打者に有利な指標(実際の得点との相関は、NOIでは出塁率は長打率の3倍、GPAでは1.8倍として計算されている)であることも関係している。尚、2人の打力はほぼ互角であるものの、走塁や守備力、怪我のリスク、景況などの影響もあって、両者の年棒に大きな差がついている。

2人だけでは心もとないので、メジャーで1500打席以上をこなしている、松井稼頭央、井口資仁、岩村明憲、城島健司の成績も見てみよう。

松井稼頭央の成績
NPBMLB比率
打率3割0分9厘2割7分1厘↓12.3% Down
出塁率3割6分1厘3割2分5厘↓10.0% Down
長打率4割8分6厘3割8分7厘↓20.3% Down
OPS8割4分8厘7割1分2厘↓16.0% Down


井口資仁の成績
NPBMLB比率
打率2割7分2厘2割6分8厘↓1.5% Down
出塁率3割5分4厘3割3分8厘↓4.5% Down
長打率4割7分2厘4割0分1厘↓15.0% Down
OPS8割2分6厘7割3分9厘↓10.5% Down


岩村明憲の成績
NPBMLB比率
打率3割0分0厘2割8分1厘↓6.3% Down
出塁率3割6分6厘3割5分4厘↓3.2% Down
長打率5割1分9厘3割9分3厘↓24.2% Down
OPS8割8分5厘7割4分7厘↓16.0% Down


城島健司の成績
NPBMLB比率
打率2割9分9厘2割6分8厘↓10.3% Down
出塁率3割6分0厘3割1分0厘↓13.9% Down
長打率5割1分7厘4割1分1厘↓20.5% Down
OPS8割7分7厘7割2分1厘↓17.8% Down


見ての通り、すべての選手がすべての項目で成績を下げている。OPSでは井口が-10.5%と1人下げ幅が小さくなっているが、他の打者は概ね-15%近辺になっている。また、長打率はさらに大きくDownしている。

つまり、現状の結果を見た限りでは、メジャーへ行くとどの野手もOPSがだいたい15%くらい下がることが予想される。イチローや松井のような歴代でも突出した数字を出している野手であれば、15%下げても一流選手のポジションを保てるが、日本での一般的な一流選手(OPS8割後半くらい)の場合は平均的な成績にまで下がってしまうというのが実状のようだ。

このデータを持って「イチローはメジャーへ行っても成績を落としていない特別な選手」であるわけではなく「元が圧倒的な成績だったので、他の選手と同じように成績が下がっても十分に凄い成績で通ってしまう」という結論にしたいのだがいかがだろうか。



予断だが、なぜイチローはメジャーでも成績が落ちていないと思われているのか。理由の1つは打率が3割を超えていること、そして200安打という数字のイメージだろう。

日本ではいまだに一流打者のラインとして打率3割を例に挙げることが多い。打率は得点との相関が薄く3割を超えることにはさして意味はないわけだが、イチローは打率を5.6%ほど下げてはいるものの、元々の打率が3割5分という異常な数字だったため、3割3分に落ちていても減ったように見えないという錯覚がある。

逆に松井秀喜は3.9%ダウンとイチローよりも下げ幅は少ないものの、3割台から2割台になっていることから、見た目的には下げ幅が大きいように捉えられているのではないだろうか。

また、200安打についても試合数が20試合近く多いメジャーでは、日本の200安打とは価値が変わってくる。10年連続200安打についてもOPSで8割を超える強打者が一番に固定されるというユニークな事例から生まれたユニークな記録であるとも言える。

イチローの成績は長打率が低いのに歴代最高レベルの打撃成績という非常にユニークなものである。そのユニークさが生むユニークな数字=記録が、成績の下降を隠している部分もあると思われる。



最後に、本稿にはいくつかの「もっと真面目に計算しろ」と言われそうな箇所が含まれている。

1つは本文でも述べた「OPSなんていい加減な数字使うな」という点。この点はまぁ、興味がある人はお好みの指標で計算し直して欲しい。

また、NPBの通算には若手時代の低い成績が混じっている。NPBの成績は「メジャー移籍直前5年間」を比較対象とした方がより正確だったかもしれない。

最後に比較対象選手の数が統計を取る上では少し心許ない。もっと多くの打者がメジャーで長年プレーしてくれれば、より信頼のおけるデータが取れることになる。福留孝介選手や青木宣親選手がサンプルを増やしてくれることを期待したい。

尚、福留孝介選手は1年目は大コケして現状はOPSで-18.6%という大きなマイナスになっているが、2年目、3年目と徐々に数字を上げているので最終的には-15%程度に落ち着くのではないかと予想される。

青木宣親選手は現状は通算OPS.867なので、計算通りなら7割前半の数字になるわけだが、はたしてどうなるか。数年後に期待したい。